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楽しく生きなくっちゃ

 大阪の東南部、平野に融通念仏宗の総本山『大念仏寺』がある。昔から自治を守ってきた平野を誇る様な大伽藍だ。
 ここに『幽霊の片袖』が寺宝として残され十点ばかりの幽霊の掛け軸と共に一般公開される日がある。おどろおどろしい掛け軸の中に一枚、楚々とした美女の悲しそうな姿がある。おきまりの白い衣、両手をタランと垂らしているが、品の良い顔に思わず長く立ち止まる人が多い。番長皿屋敷の『お菊』という題。
 梅雨の最中、丑三つ時に、『お菊』は掛け軸を抜けだした。着物の胸元から笛を取り出し「ドローン、ヒュール、ヒュー」と吹いた。
「今頃誰かと思ったら、お菊さんじゃないか。一体どうしたんだ」と、どこからともなく野太い男の声が聞こえてきた。
「お久し振り、『フランケンシュタイン』縫い合わされた傷は痛むの」
 お菊は楽しげに言い続けた。
「お寺の塀に沿った横道に、自動販売機というのがあって、色々飲み物が並んでいるの。お詣りの方は、お金を入れて欲しい物のボタンを押して、ガチャンと下に落としカバーをあげて取り出し、美味しそうに飲んでいるの。一度私も試みてみたいと思っているんだけど……付き合ってくれない」
 言葉が終わるや否や、いかつい不気味な大男で全身の皮膚に人造人間がある事を示す縫い目があり、四角形の頭部の醜い男が現れた。
 二人は雨も、ものとはせず販売機の前で、光の中を眺めた。「カフェオレ、ヨーグルト、オレンジジュース、日本酒、焼酎、ウイスキー」の中から、『お菊』はためらわず酒の缶をポトンと落とした。幽霊力でお金は不要。
「人間の頃、女は飲めなかった」と少し口に含んだ。フランケンが見ていると、お菊は
「何て美味しいの。甘くて辛くて……」と、グイグイ飲み干した。
「お菊、白い顔が桜色になっている。目がキラキラして益々美しい! 白い両手も自由に動いている」
 フランケンは驚き、自分もウイスキーを取り出し口に含んだ。みるみる青い顔に赤味がさし、縫い目も緑や紫に入れ墨をした様に見えた。今時のロック歌手に似ている。
「ねえ、フランケン(恨めしい)だのと暗い事ばかり言ってないで、我等で色々な飲み物を作って販売機を置こうよ。こんなに楽しくウキウキして、生きがいがある」と言うお菊の言葉に「賛成」と、フランケンは大きな拳を振り上げた。
 菊の浮いた日本酒、バラ色のジュース、紫陽花の紫色で酸味のあるウイスキー……等と次々販売機の品数は増えていった。
 お寺の販売機の横。小ぶりの銀色に輝く販売機が評判になっている。とにかく飲んだ事のない物ばかりですぐ売り切れる。

-fin-

テーマ:自動販売機の前で
平成二十八年六月

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