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女も良し、男も良し

 太平洋のど真ん中に小さい島がある。
 住人は老人から赤ん坊まで入れて100人位だ。一年中22~23度で草木はおい繁り、魚は豊富に捕れ、食物は自給自足でのどかに暮らしている。

 タムタムは髪の毛がちぢれドングリの様な大きい目のすばしこい少年だったが、明日十三才を迎える。十八才と十六才の兄がいる。
 この島の人々には昔から特殊なDNAがあるのか十三才になると皆三日間眠りこける。
その間に将来男性として生きたいか、女性になりたいか、そのままの性でいいのかを考えるのだ。結論がでると、外観から内臓の端々までにスィッチが入ってDNAがゆるゆると変化を起こし、終了すると四日目の朝になっている。
 母ちゃんは
「男がいいよ。女はお産というものがある。生まれてくる赤ん坊は可愛いが出産の時の痛さは言葉で表せないほどだ」
 とタムタムに言った。
 タムタムは笑顔を見せて眠りに入った。
「お目覚めかい、タムタム。どんな気分だい」
オババがしゃがれ声で言った。
 タムタムは起き上がり
「オババ、爽やかです」
 と言い乍ら、乳房が膨らんでいるのに気がつきあわてて手で覆った。
 母ちゃんが念の為用意していた花柄の上衣と腰巻きを差し出した。オババから貝殻のブレスレットをプレゼントされた。
 こうしてタムタムは『タムチ』と名を変え、一家の末娘になった。
 それ迄タムチは漁を手伝うのが主だったが、今は畑の菜を植えたり、豆を臼で引いたり、水汲みに行く。
 母ちゃんは
「女の子が一人増えて、私は助かるわ」
 と反対していたのを忘れた様に嬉しそうだ。

 ある日、海が昼過ぎから急に荒れて、タムチは母ちゃん達と浜辺に駆けつけた。
 父ちゃんと兄二人と、村一番ののっぽのシーラの乗った舟がまだ帰って来ていないのだ。
 タムチは男子時代から、たくましいシーラに憧れていた。シーラのファンは多勢いた。
 母ちゃんが松明に火をつけ、あちこちでも火が掲げられていた。
「あっ、うちの舟が見えた」
 タムチは大声をあげた。オババが呪文をあげだした。舟は波に揺すぶられ、乗り手はカッパを着て必死に舟のバランスを取っていたが、少しずつ陸に近づいてきた。
「もう一息だ」
 と、次の瞬間船が傾き一人海に落ちた。
「アッ、シーラだ!」
 浜のみんなが叫んだ。
 タムチは元々泳ぐのが大得意で、女に変わっても特技は残っている。
 タムチは全速力で海に向かい飛び込み、抜き手をきって舟の近くまで泳ぎ着いた。
「タムチ、シーラは腕に怪我をしている」
 と、父ちゃんの声。
「まかせて」
 と、タムチはシーラが片腕だけで体を支え必死に海面にゆがんだ顔を出しているのを見て近づき両手をシーラの首にまわし仰向けにさせた。そこへ放り込まれた救命具をシーラの体に何とか通した。タムチは左手で救命具を持ち横泳ぎで浜へと向かった。舟は二人を守るように付き添っている。
「ウォーッ!」
 浜の人達は嬉しさに吠えた。

 やがてタムチはシーラの恋人となった。
 180㎝の長身のシーラは色やけ、精悍だった。タムチは元々男子時代から
「可愛いね。女の子みたい」
 と、言われていたので、並んでいると絵になる様だった。シーラはタムチより三才上で、元々男子で今も男子だ。

 三年が経ちタムチが十八才になった時、二人は結婚した。楽しい日々が続いていたが、ある日、タムチが食事をもどした。日頃から病気などしたことのないタムチなのに。びっくりしたシーラは母ちゃんの所へ走った。
 話しを聞いた母ちゃんは
「心配ない、心配ない。おめでただよ。あんたも十ヶ月経ったら父ちゃんになるんだ。これをあの子に飲ませてやって。すっとするかも」
 と、水色の瓶に入った飲み物を渡した。
(孫が出来るのは嬉しいが、タムチよ、お産は厳しく辛いものだぞ。タムタムのままでいたら避けられたのに)
 一ヶ月ほどでタムチのむかつきもおさまり、二人で浅瀬の貝やわかめ取りもしている。
(やれやれ、軽いつわりでよかった)
 と、母ちゃんは胸を撫で下ろした。
 お産婆のおばさんも
「じっとしているばかりではだめだよ。適当に体を動かして」
 と、様子を見にくると決まって忠告する。

 三ヶ月が経った。シーラもタムチのお腹に触れ、「俺の子供が入っているのだ」と照れた様に笑う。
 タムチは「ああ、幸せ」と笑顔が輝いている。

 妊娠してから六ヶ月目に入った頃、恒例の「全島水泳大会」があった。
 タムチは今迄どの種類の泳ぎも優勝しているので大きなお腹になってもソワソワしている。
「六ヶ月になると、赤ちゃんが一様落ち着く頃ってお産婆さんも言っているよ。一番短い距離で一種目だけ出たらダメ?」
 タムチはシーラの前で両手を合わせて頼んでみた。
「ダメに決まっているじゃないか」
 シーラは恐い顔で睨んだ。
(不便なもんだな、女って)
 タムチはすねている
 海中に赤旗を立てスタートライン。そこから100㍍離れた所に白旗を立て決勝点にしてある。
 シーラは村の長老に、決勝点を決める舟にタムチを乗せてもらえないかとこっそり相談してみた。
 お産婆さんも「私も乗せてもらえたら……」ということで、それを聞いたタムチは大喜び。シーラの顔中にキスをした。

 そうしているうちに十月十日の予定日が近付いてきた。
「母ちゃん、タムチが腹が痛いって言っている。お産が始まるらしい」
 シーラは朝早く青い顔で報告に来た。
「落ち着いて、落ち着いて。赤ちゃんの顔が見られるのはまあ、今晩遅くか明日の朝ぐらいだろうから」
 と、朝食の用意を平然としている。
 それから、シーラはタムチの背中や腰をさすったり、必需品を点検したり、母ちゃんに様子を報告しに行ったりでフラフラになっている。
「母ちゃん、五分休んで、一分痛みが始まる様になってきたので、お産婆さんに来てもらった」
 と、シーラは必死の顔つきだ。
 痛みが三分間隔になってきた。母ちゃんとお産婆さんも揃い臨戦体制だ。
「きゃあー、痛い」
 強い陣痛に、タムチも大声をあげた。
「だめじゃ。口を閉じ叫ぶ力を下腹の方へもっていく!」
 お産婆さんも負けずに大声を出す。
「タムチ、女を選ぶ時、こういう事もあると言い聞かせたはず。覚悟して頑張れ」
 母ちゃんはピシャリと言った。
 タムチは(この世にこんなに痛いものがあるのか、母ちゃんも私をこうして産んでくれたのか)と、わずかな痛みの休憩の時思ったが、次々襲ってくる物凄い痛みに(女を選ぶんじゃなかった)という言葉が一瞬頭をよぎった。
「さあさあ、いきんで、いきんで。赤ん坊の頭が見えだした。もっと一息を長く、長く、強く」
 こうして一時間がたった頃
「もういきまない。静かに息をして……優しく一息だけりきみなされ」
 と言うお産婆さんの言葉通りにすると、スポンとする感じで赤ん坊がこの世に出た。
「オギャオギャオギャオギャ」
 力一杯の泣き声にタムチは涙が出そうになった。
「ほれほれ。母ちゃんだよ」
 お産婆さんは両手で赤くて、グニャとしたものをタオルでくるみ、タムチの目の前で広げた。髪がちぢれている。顔はしわだらけ。目ははれている。横になっているタムチの腕の中に、タオルごと赤ん坊は置かれた。
「こんにちは、ベビー。この世へようこそ」
と言い「女はいやだって言ったこと、許してね」とタムチは囁いた。
 タムチの叫び声は部屋の外で待っているシーラに聞こえて気が狂いそうだった。
(可哀想に、タムチ。こんなことなら俺が女になって、タムチは男のままでいた方が良かった)
 とうろうろしていたところへ、赤んぼの元気な泣き声がしたので、おいおいと泣き出した。許しが出て、シーラはタムチ母子に対面した。
〈男でよかったか女の方がよかったか〉等、もうどうでもいいことだった。二人にとって。
 シーラは沐浴してもらったベビーのおでこにキスをした。そして次にタムチにも。
 ベビーは女の子だった。
 タムチゆずりの大きな瞳だった。名前は『スイミー』に決まった。

-fin-

テーマ:男性が出産したならば  
 平成二十八年五月九日

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