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名は体を表わさず

 昭和四十年大阪東南部の平野には、まだまだ中二階に虫籠(むしこ)窓がある古い民家がぽつぽつと残っていた。
 小学三年生の玄太は三つ年下の妹麻美を連れて夕方に、柴犬小太郎の散歩に行くのが役目だった。近所は全く同じ間取りの長屋がずらっと建っていて、その中央辺りが玄太の家だ。父は大工で母は花屋の手伝いに昼間行く。
 七月のある日、ブーン、ガタンガタンと音をたてて、小型のトラックが家財道具を一杯乗せて家の前を通り過ぎた。
「引っ越しや、麻美見にいこ」
 トラックは一番奧の家の前で止まった。
 玄太達、向かいの八十才のトヨばあちゃんも押し車を出して見物に参加した。
 小綺麗なタンス、鏡台等々が『中条』という表札のかかった家に運び込まれる。
 その時家の中から、背が高く、ぽっちゃりと太った色白の女性がチワワを抱いて現れた。

「私は中条丸子です。着物の仕立てが仕事で、女の一人住まいなので御面倒をおかけするやもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします」
 と、見物人におかきの袋を配った。
 チワワは「ステラ」という名前だ。 
 長屋に最近引っ越しをしてきたばかりの家があり『鷲尾』という表札がかけられていた。
 のっぽで錐の様な細い身体で眼光鋭く、高い鼻の男性が一人暮らしをしている。男は何の騒ぎかと表に出て来て
「鷲尾細司(ほそじ)と言います。パソコンの修理屋です。家族はこいつです」と白黒まだらのパグを指さし「黒豆です」と言った。
 二週間経って、偶然ステラ、黒豆、小太郎の三匹が散歩の途中で一緒になった。三匹は相性がいいのか、クンクン匂い合い、じゃれ合う。子供二人が街の道案内をし、大和川の堤に出た。涼しい川風に丸子は
 「あー、いい気持ち。生き返る」と言った。
 河は今、川床を見せて三分の二の量しか流れていない。三匹に引っ張られる様になだらかな堤を下り砂地に腰を下ろした。
 と、ステラが急に走り出し川の水を飲み始め、二、三歩進んだ辺りで川の流れに呑み込まれた。「アッ、ステラ!」驚愕の丸子は叫び重い身体を引きずってヨタヨタと走り出した。
「中条さん。待って」細司が猛スピードで追った。その時丸子はステラを片手に抱き、胸まである水と格闘していた。次の瞬間、細司は丸子とステラを一緒に抱きかかえ岸の方へとゆっくり歩き出していた。
「あーよかった!」
 と、玄太と麻美は手を打って喜んだ。
 九月に入り三十九才の細司と三十九才の丸子の結婚式が近くの神社で執り行われた。
「やっぱり、男の人は男の人ですなあ。あんなに重い丸子さんを細い、細い細司さんが胸に抱えて溺れそうなのを助けはって」
 トヨばあちゃんも幸せそうに御祝いのお赤飯をほおばっている。

-fin-

テーマ:登場人物:鷲尾(男)と中条(女)に起こる出来事
平成二八年四月十一日

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