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桃香の桃

 「バッチャン、ご本読んで」
 四才の桃香(ももか)は八十五才の『とよ曽ばあちゃん』が土間から部屋へ上がると、飛び付いた。
「バッチャ、ボクもボクも」
 二才の弟の隆太(りゅうた)も、バッチャンの半纏(はんてん)の袖を引っ張った。十月の秋日和の日。
 バッチャンの顔は皺々だが、腰も殆ど曲がらず、薄い白髪も七、三に分けてピン止めでとめている。家の庭にバッチャンはトマト、葱を植えていて水やりをして戻って来たのだ。
「よしよし、待っとれや」
 バッチャンは古い本棚から絵本を一冊取り出した。バッチャンはベージュのだぶだぶのズボンで胡座をかくと、その中に隆太はすっぽり入って両足を投げ出した。桃香はバッチャンの横に引っ付いて立ち、顎をバッチャンの肩にのせる様にして絵本を覗きこんだ。
「今日は『桃太郎』という話しじゃけえ」
 と鼻メガネを取り出した。
 小さな二人の父は大学のラクビー部のコーチ、母はヨガのインストラクターだ。二人共秋の合宿で一週間留守にするので、母『百合』の広島の田舎『加草』にある農家の実家に二人を預けていた。百合の両親はバリバリの現役なので、とよバッチャンが小さい二人の遊び相手だ。曽じいちゃんは五年前に亡くなっていた。50m行くと太田川が流れ、辺り一面田んぼ、畑で隣の家とも離れているが村中何でも分け合う仲だ。
「昔昔、ある所にじいちゃんとばあちゃんが住んどった。ある日じいちゃんは山へ芝刈りに、ばあちゃんは川へ洗濯に行った。すると川の向こうから大きい桃がどんぶらこと流れてきた。ばあちゃんは(ありゃ、めずらしや。持って帰ってじい様と食べよう)と桃をすくい上げた。じい様が帰って来たので桃を半分に切ろうとすると、桃はバヵッとひとりでに割れて、中から小さな男の子が出てきたので『桃太郎』と名を付けた。桃太郎が若者になった時、鬼ヶ島に住む鬼が時々やって来て近所の人達に悪さをすると聞いて『私が退治に行きます』といい、太田川を下って海に出て鬼ヶ島に向かった。お伴の犬、猿、雉と、鬼共をやっつけ村の人達から奪った品を持ち帰り、皆に分け与えたとさ。めでたし、めでたし」とバッチャンは読み終えた。
 と桃香が「絵本のばあちゃん、とよバッチャンとそっくりだ」と大声で言った。
「そうかいのう、どれどれ。ウーンそう言えば顔よう似とるのう」とバッチャンは笑う。
「絶対バッチャンだ。私は桃の桃香。次、生まれてくる時は桃の中に入って太田川を流れてくる。そしたらバッチャン拾ってね。その時までバッチャン生きとってね」と桃香はバッチャンの肩を揺すった。
「オオ、いいとも。うーんと長生きして桃香の入った桃拾うけえね」とバッチャンは桃香に頬ずりした。

-fin-

テーマ:ハガキの人形を見て
平成二十八年八月十五日

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